わたしは中学校から本格的に陸上競技を始め、高校、大学、そして実業団まで、15年以上も長距離ランナーとして走り続けてきました。
このブログは、そんなわたしの陸上漬け人生の思い出を綴っています。
今回は中学校の陸上部に入部して、初練習時の思い出を書いています。
元々、市内で長距離走No.1だったわたしですが、陸上部での初練習は今でも決して忘れられません…
少数精鋭?長距離メンバー
中学校入学後、体験入部を経て、わたしは正式に陸上部へ入部しました。
練習初日、グラウンドには短距離・長距離合わせて60名程の全部員が集まり、新入部員である1年生は私を含めて20人ほど。
新入生の簡単な自己紹介が終わり、練習のために短距離パートと長距離パートに分かれます。
すると、60人もいたのに、長距離パートに集まった人数はたった14人。
しかも、女子部員は全員短距離で、長距離は「男子のみ」という硬派な構成でした。
小学校の陸上大会でも短距離種目を選ぶ人が圧倒的に多かったのを思い出し、「やっぱり長距離走ってあまり人気ないのかな…」と感じた瞬間でした。
学年構成は、3年生が6名、2年が2名、そして新入生は私を含む6名。
幸いなことに、新入生全員が走ることが得意な顔見知りのメンバーだったため、すぐに打ち解けることができました。
この「仲間」の存在は、後の練習でもわたしにとって非常に大きな影響を与えました。
未知なる「8km集団走」
長距離種目の顧問である、ゴリラ(のような体型の)先生が今日のメニューを告げました。
「今日は学校裏の往復8kmのコースを走るぞ。新入生は先輩たちの間に入れ!」
これを聞いて、(8kmか、やっぱり陸上部って結構走るんだな)程度にしか感じていません。
というのも、これまでのわたしは、長く走ったとしても少年野球の練習でせいぜい2km程度です。小学生時代に何㎞も走ることはそうありません。
この時点で、8kmという距離がどれほどの疲労を伴うのか、その想像力すら持ち合わせておらず、
むしろ練習場所は校外の林道であったため、「学校の外に出られるんだ!」という小学校時代には考えられなかった練習スタイルにテンションが上がりました。
そうして、軽い足取りで学校を飛び出したのです。
完璧に構築された「フォーメーション」
校外を走る際、部では徹底されたフォーメーションが組まれていました。
- 先頭:3年生が一定のペースで引っ張る「ペースメーカー」
- 中央:私たち下級生が追随し、上級生にサンドイッチされる
- 最後尾: 3年生が遅れそうな者の背中を押し、声をかける
そして、集団のさらに後方には顧問の先生が車で追走します。
先生は給水の役割だけでなく、不測の怪我等があれば、車に乗せて学校に帰ることも出来るからです。
合わせて、選手の走りを見て状態を見極める必要もありますが、そもそも校外に出るので先生の同伴は必須ですね。
以上のようなフォーメーションで学校裏の林道を進んでいきます。
コースはアスファルトで整備されており、車はほぼ通りません。
木漏れ日が差し、コース途中にはすぐ側に川も流れており涼しさも感じられる絶好のランニングコース。適度な起伏もあり、脚力を鍛えるのにも最適です。
この時のわたしにとっては、全く見知らぬコースを先輩が引っ張るペースに合わせて走るだけ。当時は時計すら持ち合わせていません。
今どのくらいのペースで何km辺りを走っているのか一切分からず、先輩達に連れられるだけの、完全なドナドナ状態で走り続けます。(ペースは1㎞5分程度で走っていました)
そんな様子が変わり始めたのが、スタートから3kmくらいでしょうか。
すでにこの時点で、わたしはこれまでの人生で最長の距離を走っていました。
要するに、体感では既に折り返す4kmを超えていたのです。
しかし、先頭を走る先輩は一向に折り返す気配がありません。
徐々に呼吸も乱れて足も重くなってきます。本来ならペースを落としたいのに、先輩に挟まれては落とす事もできません。
一向に折り返さない先輩の背中に、怒りさえ芽生え始めました。
「どこまで行くんだ!!早く折り返せ!!」
折り返し地点である4kmまで、わたしは先輩に念を送り続けていました。
行きはしんどい、帰りも辛い
先輩に念が届くまでにやや時間を要しましたが、ようやく折り返し。
あと半分!という安堵よりも、「この道のりをまた走るのか…」の絶望の方がはるかに大きかったです。
ただ、折り返し地点で先生から給水を受け取り、少しリフレッシュしたように思います。
加えて、帰り道はやや下り勾配だった事も助かりました。
それでも距離を進めるにつれて疲労は増していき、ついに新入生の1人が集団から遅れ始めます。
後方の先輩からの熱心な掛け声もあり、多少は粘りを見せたものの、集団から離れてしまいました。
すると、次は後方の車から先生が、「まだ粘れるぞ!頑張れ!!」といった声も聞こえてきます。
が、とうとう車の後方まで離れてしまい、先生の檄も聞こえなくなりました。
そこからは矢継ぎ早に新入生が1人、また1人離れていき、その度に檄が飛ばされては聞こえなくなります。
わたしも既にこれまでの人生で走った事のない距離を走り続けており、正直限界でした。
それでも離れなかったのは、先生に熱心に勧誘してもらい入部したのに、初日の練習で離れる姿は見せたくない、そんな気持ちがあったからです。
ただ、それ以上にわたしが粘れたのは、同じ新入生の存在です。
この時点でもう1人、集団に付いている新入部員がいたのです。
小学校時代、市内の陸上大会でも駅伝大会でも1位だったわたしが、同じ校内の子に負けるなんてありえない!この子が離れるまではわたしも離れない!
同級生に長距離走で負けたことが無い、そのプライドがわたしが集団で粘れた大きな理由です。
そしてついに、ゴール地点へ!
わたしももう1人の同級生も、集団から離れること無く練習を終えました。
これまでの人生で走ったことのない、8km40分のランニングが終了です。
体感的には1時間以上走っていた気分でしたが。
ゴール後、先輩達から「よく最後まで走れたな!!」「この練習を新入生が2人も出来るとは思わなかった!」と声を掛けられ、嬉しさと同時に、これだけしんどい練習を淡々とこなす先輩たちの凄さも思い知りました。
というか、そもそも新入生がこの練習をできる想定をしていないのか?
新入生たちのレベルをふるいにかけて見極めるつもりだったのか?
真意はよく分かりませんが、初練習にしては辛過ぎる練習でした。
その後、離れた新入生を走って迎えに行く先輩や、ゴール地点から大きな声を送る先輩と先生。
長距離走は淡々と、黙々と走るイメージがあっただけに、熱心に声を出している先輩たちは非常に印象的でした。
少年野球の時は、よく大きな声を出してましたが、長距離走の練習でもこんな大きな声を出すなんて知りませんでした。
「これが長距離走か…しんどいなぁ…。いつかは先輩達みたいに走れるのかな⁉」
長距離走の辛さと練習後の達成感、先輩達のスゴさと将来の自分への期待、いろいろなものを感じた入部初日の練習でした。
初練習後の帰り道
この日は、練習で完全に出し切った私に、帰宅する体力は残っていませんでした。
練習後、緊張の糸が切れて、ドッと疲労が押し寄せてきたのです。
8kmを走った後の足へのダメージは想像以上で、少し歩いてはガードレールに手をつき、休憩をとりながらでしか歩を進めることが出来ません。
「こんなに足って棒になれるんだ」と、初めて知りました。
ここで通りかかったのが、家が近所で昔からよく一緒に遊んだ親友です。
彼もまた健脚自慢で、短距離に入部していました。
わたしのかばんを持ち、歩くペースを合わせてくれて、時には肩も貸してくれたのです。通常20分程度の通学路を1時間近くかけてようやく帰りました。
彼がいなければ、この日帰宅することが出来なかったんじゃないかと思うほどです。ホントに助けられました。ありがとう✨
ただ、元々長距離走が得意なわたしが、こんな状態になっているのを見て、彼もちょっと引いてましたね。
「長距離走やべぇな…」と。
練習初日の思い出は、練習時よりも、全身の筋肉が悲鳴をあげてボロボロで帰宅している時を鮮明に覚えています。
これが、わたしの本格的な陸上人生の第1歩目でした。