【思い出話】

初めての駅伝大会

小学5年・6年生時の陸上競技大会を経て、私の長距離走は市内でも速いことが分かりました。

何よりも、陸上競技大会では多くの友達に私の走りを見てもらえました。

陸上競技大会は気候の良い5月に行われたものです。それから半年以上が経ち、年が明けた1月、友達から急に声をかけられました。

駅伝大会への参加

友達

今度の市内の駅伝大会、うちのチームで一緒に出ない?

昔はクラスが一緒で、現在は別クラスだった友達からチームにお誘いを受けたのです。

そう言えば、2月に市内の小学6年生を対象とした駅伝大会があることを担任の先生が話していました。

陸上競技大会を開催した市内の競技場を発着点として開催されます。

1チーム5人がタスキを繋ぎ、各ランナーは1200mを走るこの駅伝大会は、希望者のみ参加する形であり、「じゃあ出なくていいや!」と先生の話を聞き流していたことを思い出しました。

友達

陸上大会速かったし、あと1人でうちのチーム5人揃うからお願い!!

この友達は陸上競技大会の走りを見て、誘ってくれたのです。

何より、この駅伝大会は5人揃わないと大会に出場することができません。元々同じクラスで仲の良かった友達数人でチームを作っていることが分かりました。人数集めに苦労して別のクラスである私に声をかけたのです。

せっかくのお誘いならばと駅伝大会への出場を決めました。

小学校卒業前の大会だったこともあり、記念の思い出作りとしての意味合いも大きかったです。

駅伝大会に向けた練習

後日、駅伝大会に参加を希望した生徒たちが体育館に集められ、先生から大会に関する注意事項を伝えられます。

体育館には40人程度おり、7~8チームくらいが私の学校から駅伝大会に出場することが分かりました。

大会の注意事項としては、大会の日時、距離やコース、当日の陸上競技場までの交通手段などが伝えられます。話の後半には、各チームの代表者にエントリーシートが配られ、チーム名と区間の順番を書くように言われます。

チーム名は友達が適当に作っていたので全く覚えていませんが、区間は最後の5番目を走ることになりました。

校内では長距離走が一番速かったこと、そしてリレーではアンカーに速い人を配置することから、駅伝でも最終走者に速い人を置こうということで、私は5番目に配置されることになったのです。

各チームがエントリー用紙を出し終え、先生が最後に伝えます。

陸上部の先生

じゃあ大会まで約1か月、放課後にグランドで練習するからなるべく集まるように!!

私は驚きました!駅伝大会に向けた練習があるなんて聞いてません!!貴重な放課後の遊ぶ時間を割いてまで走ることになろうとは。

それでもチームのみんなはやる気です。駅伝のチームを組んだ友達はそもそも走ることが得意な子たちです。大会でも上位を目指していたので、放課後の練習日にはしっかり参加していました。

こうなってしまうと、友達に合わせて参加してしまうのが私の性格です。放課後になると、同じチームの友達と一緒にグランドへ向かいます。

練習と言っても小学生の練習です。グランドに着いた人から、駅伝で走る距離と同じ1200mを走るだけです。グランドにつくと、適当に体操をして友達と一緒に走り出します。

グランドの周回数を先生がカウントしており、1200m走り終わったら帰ることができました。

この練習を駅伝大会当日までの約1か月間、月・水・金の頻度で行われます。

特にグランドを走るペースは決められていないので、友達と話しながらのんびり走る日もあれば、急にラスト1周になって短距離走のようにダッシュして、競走になる日もありました。

また、走り出すタイミングが同じになれば、他チームの生徒と一緒に走り出していました。大勢でスタートすると、ペースを上げる子もいる訳で、次第に集団で競走となっていきます。

それでも私は負けることはなく、ラストスパートで1番でゴールしていました。体育でもそうでしたが、長距離走となれば、相変わらず校内で1番になることができていました。

練習と言いつつも、友達と話しながら走っていたこともあり、遊び半分練習半分という気持ちでした。しかし、遊びの要素があったからこそ友達と一緒に続けられたのかなと思います。

駅伝への出場を希望した生徒とはいえ、クラブにも所属していない小学生を大人数練習させることは難しいことだと今になって感じます。遊び感覚で続けさせることが大事だと感じました。

週に3回、1キロちょいを走るだけの練習でしたが、小学生には長い距離に感じましたし、練習をしたという事実は自信に繋がりました。加えて、駅伝で走る1200mという距離に対して慣れることができたのも大きかったです。

こうして駅伝大会に向け、友達と一緒に練習を重ねていきました。

初めての駅伝大会

小学校卒業前の2月中旬の日曜日、駅伝大会当日を向かえました。

会場となる市内の陸上競技場は、市内の陸上競技大会が行われた競技場と同じ場所です。陸上競技大会は5月でしたが、駅伝大会は2月のため、以前見た競技場の青々とした天然芝が枯れており、また違った景色となっていました。

各校から数チームずつエントリーされており、この駅伝大会では30~40チームが出場していました。市内でも私の小学校は生徒数が多いため、エントリー数も多めでした。

そして、6位までが入賞となり、賞状をもらえます。なので、私たちのチームは6位以内を目標にしていました。

スタート前、チーム全体で一緒に体操、軽いジョグなどのウォーミングアップを行いました。そして、いよいよスタートです。

駅伝大会はスタートしましたが、私は最終区である5区です。1区~4区の選手の様子を競技場内から見守ります。

タスキを渡す場所はすべて競技場内ですが、タスキをもらうと競技場を飛び出して、競技場の外周を走るコースとなっています。

そのため、競技場からは順位変動が分かりません。終盤になって、競技場内に戻ってきた選手を見ることで自チームの順位を確認します。

4区までの選手をそんな感じで見送るのですが、待っている間、めっちゃ寒いのです!先ほど全体でウォーミングアップをしたと言いましたが、本来駅伝では自分の走る時間に合わせてウォーミングアップするものです。

各ランナーおおよそ5分弱走るので、私が走るまでに5分×4人で20分ほどかかります。小学生で、人数も多いこともあり、次の走者がどこかへ行かないようランナーの待機場所は決められています。あまり動いてはいけないため、大人しく待機です。

それでも、各ランナーが競技場に戻ってきて、タスキを渡す前は必死に応援します。大声を出しながら、レース前の緊張も相まって次第に寒さも忘れてきます。

いよいよ走る番となります。1位通過後から、続々とタスキを繋ぐチームを数えつつ自チームの順位を数えていました。

私がタスキをもらったのは12~3位だったと思います。これまでの走者が必死になって走ってくれたものの、1位を走るチームには程遠く、入賞ラインも見えない位置でした。

長い距離になるほど、アンカーにタスキが渡った時点で大方の順位が決まっていることがあります。

それでもタスキをもらうと順位なんて気になりません。前にいる選手を一人でも抜くため必死に走りました。スタートしてからハイペースになったので、後半はかなり失速していたと思います。

結果として、5つほど順位を上げることはできました。が、目標である6位には届きませんでした。

目標は達成できずも、友達と一緒にタスキを繋いだ駅伝大会はとても楽しい思い出です。大声を出し合いながらチームに声援を送り、走り終わった走者からはアンカーである私に「頑張ってくれ!!」と期待する声をかけられ、陸上競技大会の時よりも頑張れた気がしました。

そしてチームみんなで喜びや悔しさを共有できるのも駅伝の良いところです。

自分1人のレースでは、「あの場面でこうすれば」などと1人反省会ですが、
駅伝になると、「〇区の子が〇位で来たからすぐ前のチームを抜くために頑張った!」や、「タスキをもらった時、他チームと競っていたから俺も負けないように頑張った!」など、他人の走りや順位が自分の走りにも大きく影響します。

当然、良かった選手もいれば不本意な結果となった選手もいますが、チームの順位変動もタスキを繋いだ5人だけが共有する戦いの歴史です。友達同士で駅伝後の感想を話すことが楽しかったです。


「お前が全然競技場に帰ってこないから、ずっと焦ってたわ!笑」なんて話すこともありました。

6位入賞という目標は達成できませんでしたが、初めての駅伝大会は、小学校卒業前の良い思い出として今もよく覚えています。

後日、その駅伝大会の結果が記載された用紙を先生から手渡されました。

そこにはチーム順位に加えて、個人の順位も掲載されていました。5区間ある駅伝ですが、各区間すべてコースは同じで1200mです。そのため出場者全員の区間記録が順位となって掲載されていたのです。

そこで、私は1位となっていました!

その時のタイムは、1200mを4分10秒ちょいでした。1500mに換算すると、5分30秒ほどでしょうか。

この結果に、先生も同じチームだった友達も「すごいな!!」と喜んでくれました。小学6年生の陸上競技大会では800mで1位になれなかったこともあって、私自身も非常に喜びました。

ちなみに、私の住んでいる市は政令指定都市や県庁所在地のような大きい都市ではありません。かといって、人口がめちゃくちゃ少ないわけでもありません。人口10万人程度で、各都道府県であれば3~5番目の大きさの都市でしょうか。

この大会では区間賞などの個人賞は無かったものの、チームとして入賞できなかった悔しさを和らげてくれる、そんな駅伝大会の個人1位でした🥇

何よりも大きかったのは、この駅伝結果を中学校陸上部の先生が見ていたことです!

この駅伝大会に出場していなければ、そして中学校の先生がこの小学生駅伝大会の結果を見ていなければ、私は長距離ランナーとしての道に進むことは決してなかったと思います。

今回の話は以上となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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