【思い出話】

地獄の40分間

中学校の陸上部に入部して、初練習のお話です。

陸上競技歴が15年以上になる私の1発目となる練習は、忘れがたい練習の一つとなりました。

初めての練習は8㎞の集団走

練習開始前、陸上部全体で集合しました。そこで新入部員は軽く挨拶をし、当日の練習に入っていきます。

挨拶の時、短距離と長距離含めて結構な人数がいることが分かりました。

陸上部への新入部員は私を含め10人ほどで、そのうち半分は短距離に、もう半分は長距離に入部しました。

その5人とも体育が得意な子たちで、元々知っていたこともあって後にすぐに打ち解けることができました。

全体集合の後、短距離と長距離が別々に分かれて集合します。
それぞれの指導者である顧問の先生から今日の練習メニューを聞き、練習に入るという流れです。

「同じ陸上部なのに短距離と長距離は完全に別なんだ」と思いながら長距離部員だけで集まると、全体集合時から半分以下の人数となりました。

先ほど陸上部の全体集合では30~40人程いましたが、長距離部員は全体で12人です。

そして、女子の長距離部員はおらず全員が男子です。
女子陸上部員はいたものの、全員が短距離選手でした。

長距離部員の集合で、先生がメニューを伝えます。

先生:「今日は学校の裏にある往復8㎞のコースを走ります!先輩たちは新入部員を囲むように走ってあげてくれ!」

そういえば、陸上部の体験入部に来た時、学校のグランドに長距離の人たちはいませんでした。
グランド内にランニングコースはあるのですが、体験入部でグランド内に生徒が多い時は走りにくく、校外のコースに出ていたようです。

校外にランニングコースがあることにテンションが上がりました。学校の活動なのに、校外に出れることが新鮮だったからです。

しかし、そんなテンションも走り出すと次第に下がっていきます。この時は8㎞という距離の苦しさを知らなかったのです。

長すぎた40分間

走る時のフォーメーション

学校内のグランドから走り出し、校外のコースへと出ていきます。

基本的に走る時は常に2列になって走ります。

先頭は3年生の先輩がコースを先導し、一定のペースで引っ張ってくれます。
最後尾にも3年生の先輩がいてくれて、離れそうになっている下級生の背中を押したり、声を掛けたりしてくれます。つまりは、下級生を上級生が囲むような形で走ります。

そして、この集団を長距離顧問の先生が車で追走します。これが校外を走る時の基本的なフォーメーションです。

やはり、中学生だけで校外に走り出すと何が起こるか分かりません。怪我など不測の事態に備えて先生が車で後ろに控えており、給水なども出してくれます。
何より中学生だけで校外を走らせると私のようなランナーはすぐにサボります。見張りの意味も大きいのです。

学校の裏にある山道コース

私の学校の裏側は山になっています。地面はアスファルトで整備されていますが、車通りは少なく木が生い茂っている中を走るコースです。

山道ということもあって往路は若干の上りで、反対に帰り道は下りとなっています。多少の起伏だったので脚力をつける意味でも中学生にはちょうど良かったなと今では思います。

林道なので、コースの半分ほどが木陰で覆われています。直射日光の中を走り続ける必要がないので体力の消耗が抑えられます。

コースの途中には川と平行に走る場所もあり、涼しさを感じられる場所もありました。

多少の起伏あり、木陰もあり、川辺もあるこのコースは、適度にアクセントがあるため、退屈しない良いコースでした。
ずっと平坦で景色が変わらないコースだと、今どこを走っているのか距離感も分からず退屈でもあり、別の意味で苦しくなっちゃいます。

では、この時に林道コースをすんなり走れたのかと言われると、そんなことはありません。

早く折り返せ!!

私は小学生の駅伝大会で市内1番となり、長距離が得意でしたが8㎞という距離を走ったことが無いのです。

小学校時代に駅伝の練習として校庭を走りましたが、せいぜい1㎞程度です。少年野球で長く走ることはあっても3㎞もありません。
陸上部初練習の私にとって8㎞という距離はとてつもなく長く感じたのです。

今思うといきなり8㎞なんて距離を新入部員に走らせる必要があったのかと思ったりしますが、指導者の人数が限られる学校のクラブ活動という場は、多数の生徒を少数の指導者で見なければなりません。生徒間で多少のレベル差があってもまとめて練習を行わせることはよくあります。

加えてこれは推測ですが、
・長距離の苦しさ、しんどさと同時に達成感を味わう
・先輩の強さを見せて、練習を積めばこうなれるんだと思わせる
・最初にある程度負荷の高い練習を行い、新入生のレベルを見極める
なんて意図があったのではと今では思いますが、当時はホントに苦しかったのです。

これに、往復というコース特性が心理的に追い打ちをかけます。
初めてのコースであり、今のように距離感もありません。GPSの付いた時計なんて当時はありません。
つまり、今自分が何キロ走っているのか全く分からないのです。

学校から離れるほどに苦しさも増してきます。
「そういや先生は往復8㎞コースって言ってたな…ということは、またこの道を折り返すのか!」と走りながら考え、絶望します。

3㎞付近ですでに苦しいのですが、先頭を行く先輩は一向に折り返そうとしません。
「どこまで行くねん!!早く折り返せ!」と常に心の中で思いながら走り続けます。苦しさと怒りが時間の経過とともに増大する中、ようやく折り返しポイントを迎えました。

苦しいけど離れられない

たった半分の4㎞でこんなにしんどいのに、もう一回同じことをしなければならないのか…
そんな思いで折り返しつつ、必死に集団のペースに合わせて走り続けます。

折り返しを過ぎると、学校が徐々に近づいてくることもあって気持ちは少々前向きになりました。
加えて、行きが若干の上り道だったこともあって、帰りは下り道です。下りのコースになると少し余裕を持って走ることができました。

しかし、苦しさの方が大きく勝ります。今まで走ったことのない長い距離だったので、体はほぼ限界だったと思います。

そんな状態でも集団から離れることなく必死についていけたのは、新入部員である同級生の存在でした。

彼らは小学校から知っている存在で、体育での長距離走でもクラスの上位に位置していました。そんな彼らに私は一度も負けたことが無かったのです。

いつもは1㎞程度の距離で勝っていたものの、今回の8㎞は全然違う種目のように感じました。
それでも小学校時代から常に長距離走で学年トップだった私は、同級生に負けたくない一心で走り続けました。プライドがあったのだと思います。

終盤に差し掛かると、必死に頑張っていた同級生も徐々に集団から離れます。最後尾にいる上級生は離れそうな1年生に向かって声を掛けます。

「頑張れ!ここを越えたら下りになるぞ!」「ゴールまであと少しだ!」

場面に応じて声を掛け、手で背中も押してくれます。さらに集団からの差が広がると、今度は車から顧問の先生の声も飛んできます。

最終的には、数人の同級生が離れたものの、大きく離れることなく全員がゴールできました。

この時のペースは8㎞を40分程度で走り切りました。1㎞5分程度であり、決して速いペースではありませんが、当時の私にとってはとても苦しく、長く感じた40分でした。

私にとって非常に苦しかった初練習ですが、最後まで集団についていけた達成感も味わうことができました。

初練習後の帰り道

初練習後に味わえたのは、達成感だけではありませんでした。練習を終えての帰り道にこれまで味わったことのない疲労感が押し寄せてきたのです。

集団で走っている時の集中力やアドレナリンが切れて疲れがドッと出てきたようです。
私がこの日家に帰ることができたのは、家が近所だった南くんのおかげと言っても過言ではありません。

南くんは同じ陸上部の短距離に入部しました。帰りは一緒に帰る約束をしており、長距離の練習が終わるのを待っててくれたのです。

帰り道、私は足の疲労感で歩き続けることができず、少し歩いては止まる、また歩き出しては止まることを繰り返していたのです。南くんも私がこんな状態になっているとは思わず、カバンを持ってくれて、歩くペースも合わせてくれたのです。

「どんな練習したらそんなことになるんだ?」

尋ねられた私は、今日の練習を伝えながらゆっくり家に向かって歩きます。

これだけ苦しかったのに、辞めようと思う気持ちは少しもありませんでした。
練習を続けたら先輩たちのように、後輩に声を掛けながらでも走れるくらい速くなれるんだ!と思っていたのです。

このように思えたのも、先輩に対する憧れと、自分の長距離のポテンシャルを信じ切っていたからこそです。

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