わたしは中学校から本格的に陸上競技を始め、「全国高校駅伝」や「箱根駅伝」、さらには実業団ランナーの最高峰である「ニューイヤー駅伝」といった数多くの大会を経験してきました。
このブログでは、わたしの陸上競技歴15年以上の思い出を綴っています。
今回は、わたしが長距離ランナーとしての第一歩を踏み出した中学校入学時、陸上部へ入部を決めた時のエピソードを書いています。
結論から言うと、「陸上部顧問の先生に誘われたからです!」ただ、そこに至るまでの経緯はいろいろあったんです。
ぜひご覧ください。
中学への入学と部活動の選択
わたしは、小学5年生の陸上大会800mで市内1位、小学6年生の駅伝大会では個人1位と、長距離走では同学年を相手に市内で負けなしでした!
それもあり、長距離走には得意意識はありましたが、少年野球に打ち込んでいたため、
中学校に入学したら迷わず「野球部」に入るつもりでした。
進学した市内の公立中学校は、1学年250人規模と市内でトップレベルの人数をかかえています。
入学直後のオリエンテーションで、担任の先生からこんな案内がありました。
「中学校では原則としてクラブ活動を行ってもらいます。2週間の体験期間を経て、入部するクラブを決めてください」と。
部活を決めないといけないことは分かっていましたし、入部するクラブも決めていた私にとっては迷うことはありません。
周りの子たちが「どこに見学行く?」とソワソワする中、わたしの心は決まっていました。
放課後、少年野球で同じチームだった友人と一緒に、なんの迷いもなく野球部の体験入部へ向かったのです。
公立中学校の厳しいグラウンド事情
しかし、体験入部で待っていたのは、思い描いていたような練習ではありませんでした。
ボールに触れるチャンスは皆無に等しく、上級生が練習している後方に待機して、転がってきたボールを投げ返すだけ。
下級生は基本的に「ボール拾い」がメインだったのです。
わたしの中学校では、グラウンドの広さには限りがあります。部活動の短い時間内では全員が練習するスペースはなく、上級生しか本格的な練習ができない状況でした。
そのため、「1年生は雑用メインで、3年生が引退してからようやくボールを触れる」という、昔ながらの暗黙のルールが出来上がっていたのです。(よっぽど上手い選手は別ですが)
「1年生ってこんなものなのかな……」と落胆しつつも、数日間は野球部の体験に通い続けていました。
そんな野球部の活動が終わって帰ろうとした時、ガタイの良い先生に声をかけられました。
突如として現れた、ゴリラ先生
そんな野球部に体験入部をした日の帰り道、ゴリラのようなガタイの良い先生に、突然声をかけられたのです。
「陸上部で長距離走をやるつもりはないか? 小学校の駅伝大会で1番だった子だよな!!」
なんと、小学校の駅伝大会で1位だったことを、中学校の先生が知っていたのです。
さらに先生は、「もう野球部に入部することは決まっているのか? 一度でも良いから陸上部の体験入部に来てくれ!」と、熱烈なラブコールを送ってくれました。
正直、野球部以外に入る気はなかったものの、直接勧誘を受けたらその場で断ることができず…
「じゃあ、今度陸上部の体験に行ってみます」と答えました。
陸上部への体験入部
翌日、約束通り陸上部の体験に行ってみましたが、誘ってくれた先生はいませんでした。
どうやらこの日は学校の裏にあるロードコースで練習のため、長距離メンバー全員が不在だったのです。
なので、長距離の体験に来た生徒は、校内グラウンドの外周(1周約500m)を走るランニングコースを何周か走るメニューでした。
とりあえず走ったものの、淡々とランニングするだけです。
走るだけなんて、ぶっちゃけ面白くありません。
正直、野球部の体験練習でボール拾いをやっている方がまだ楽しかったくらいです。
体験入部が終わり帰ろうとした時、ゴリラ先生に会いました。
「体験入部に来てくれてありがとう! 今日は直接練習を見れなかったが、ぜひ長距離に入部して一緒に駅伝をやろう!」
そう声をかけてくれました。
が、その翌日わたしは再び野球部の体験入部に戻っていました。。。
やっぱり、ただ走るだけよりも野球の方が楽しく感じられ、ボール拾いは嫌だけど「野球をしたい」という気持ちは変わりませんでした。
しかし、ボール拾いをしていると、何か視線を感じます…
視線の先には、あのゴリラ先生が!!
明らかに遠くからわたしを見つめているのです!
ここで、少々わたしの中学校陸上部の状況をお伝えしましょう。
中学校陸上部の体制
わたしの中学校陸上部では、顧問2人の体制です。
一人は、短距離経験者であり、短距離と跳躍種目を担当しています。
そしてもう1人、わたしを誘ってくれたゴリラ先生が、長距離と投擲種目を見てくれています。
この先生、過去に投擲種目で全国大会にも出場したことのあるアスリートでした。ゴリラ体型にも納得です。
先生の本音を言えば、現役時代の経験を活かして、砲丸投げや槍投げを教えたかったのです。
しかし、投擲種目は、生徒が溢れかえっているグラウンドでは他の生徒に当たる危険があるため、練習場所はグラウンドの「隅っこ」に追いやられてしまうのが現状です。
残念ながら、「なんかグラウンドの隅っこで活動している人たち」という見られ方もあってか、投擲種目を選ぶ選手が非常に少ない状況にありました。
投擲を教えられない代わりに、先生が心血を注ぐようになったのが「長距離・駅伝」でした。
先生はもともと長距離走については全くの未経験者。
しかし、駅伝の指導に携わるうちに、誰よりもどっぷりとハマっていったのです。
元アスリートという事もあってか向上心がすごく、市内の長距離走に詳しい先生の元に練習メニューを教わるほどの熱心さです。
当然、わたしが小学校6年生で出場した駅伝大会の結果もチェック済みです。
こんな先生にロックオンされてしまったのが運の尽き(?)でした。
胸板も厚く、長距離走に対しても熱い、そんな先生の熱い視線がボール拾い中のわたしに注がれます。
陸上部入部の決意
野球部への体験入部後の帰り際、案の定声をかけられました。
「君なら長距離走で必ず活躍できる!ぜひ一緒に駅伝をやろう!!」
圧迫面接のような勢いで言われるので、とりあえず翌日は再び陸上部の体験に行きます。
しかし、翌日には野球部に戻る、そしたら帰り際に必ずゴリラ先生が勧誘に来る。
このサイクルを何度か繰り返して、わたしは悟りました。
(この先生、陸上部に入部するまでずっと勧誘してくるぞ…)
何よりも、これだけ熱心に声をかけてくれて正直嬉しかったです。
気持ちも少しずつ揺らいでいた時、こんな言葉をかけられました。
「野球部だったら1年生は球拾いだけど、陸上部に入れば、君の実力なら1年生から試合に出れるぞ!!」
この言葉で、小学校の陸上大会で優勝できた事、友達と走った駅伝大会が楽しかった事を思い出しました。
ランニングの練習はつまらないけど、レースで走り終えた後には、いつも必ず良い思い出があったのです。
ランニングは野球にも活かせるし、長距離走も悪くないかな…だんだんそう思い始めてきたのです。
そして体験入部期間の最終日、正式に陸上部に入部する事を先生に伝えました。
この時、先生から手を差し伸べられ、固い握手を交わした事を今でも覚えています。
(ゴリラって握力500kgあるんですよ。手がちぎれるかと思った…)
最後に
この日、家に帰ってから両親に陸上部に入部した事を伝えて驚かれました。
「野球部に入部するんじゃ無かったの!?」
わたしは、「ランニングで足腰も鍛えられて野球に活かせるから」と入部理由を伝えました。
決して先生の勧誘に屈したわけではなく、あくまでも自分の意思で入部したんだと、両親の前では変に強がっていました。
ただ間違いなく先生がいなければ、わたしは陸上部に入部する事はありませんでした。
ゴリラ先生は、間違いなくわたしを陸上の世界へ導いてくれた恩師です。
こうして、本格的な陸上人生がスタートしたのです。